~青い服を怖がる保護犬のお話~
最近ご用命を下さったご家族様から、こんなお話を伺いました。
保護犬を家族に迎えたところ、普段はとても穏やかで、人にも少しずつ慣れてきていたのに、家族の誰かが青い服を着た時だけ、とても怯えることがあったそうです。
最初は理由が分からず、家族も戸惑われたそうですが、
何度か様子を見ているうちに、「もしかすると、過去に青い服を着た人との間に、怖い経験があったのかもしれない」
と考えるようになったそうです。
ただ、これは決して「怖がる犬への接し方が分からなかった」というお話ではありません。
その子は、ご家族様の深い愛情の中で、16歳という高齢になるまで穏やかに暮らされたそうです。
その反応に戸惑いながらも、丁寧に向き合い、大切に時間を重ねてこられたからこそ、今回のお話を聞かせていただけたのだと思います。
もちろん、本当のことはその子にしか分かりません。
けれど、犬の行動を考えるうえで、このような反応は決して不思議なことではありません。
犬は、人間のように言葉で昔の出来事を語ることはできません。
それでも、怖かったこと、安心できたこと、信頼できた相手、苦手になった状況などを、身体と感情の記憶として残していることがあります。
たとえば、
ある音を聞いた時に急に怯える。
特定の服装の人を避ける。
男性だけ、子どもだけ、帽子をかぶった人だけを怖がる。
玄関、車、ケージ、リードなど、ある場面になると急に落ち着かなくなる。
こうした反応の背景には、「その刺激そのものが怖い」というよりも、「以前、その刺激と怖い出来事が一緒に起こった」という学習が関係していることがあります。
これは、学術的には恐怖学習や条件づけ、連合学習と呼ばれる考え方に近いものです。
本来は何でもなかったはずの青い服が、もし過去の怖い経験と結びついてしまったとしたら、犬にとって青い服は「危険の合図」のように感じられることがあります。
人間から見ると、「ただ服の色が違うだけ」かもしれません。
けれど、その子にとっては、過去の記憶が一気に呼び起こされるきっかけになっているのかもしれません。
特に子犬の頃は、外の世界を学んでいく大切な時期です。
この時期に、
人の手は優しいものだと知る。
抱っこは安心できるものだと知る。
知らない音や場所も、少しずつ慣れれば怖くないと知る。
そうした経験は、その後の性格や行動に影響を与えることがあります。
反対に、強い恐怖や痛み、不安が繰り返されると、「この世界は怖い」「人は怖い」「逃げなければ危ない」という学習につながってしまうこともあります。
もちろん、すべての行動を子犬時代の経験だけで説明することはできません。
性格、生まれ持った気質、現在の環境、体調、年齢による変化など、犬の行動にはいくつもの要因が重なっています。
だからこそ、「この子はわがまま」「この子は噛む子」「この子は臆病すぎる」とすぐに決めつけてしまうのではなく、「何か理由があるのかもしれない」と一度立ち止まって見ることが大切なのだと思います。
怖がる犬に対して、無理に慣れさせようとすることは、かえって恐怖を強めてしまうことがあります。
大切なのは、怖いものを急に克服させることではなく、安心できる距離を守りながら、「今は大丈夫だった」という経験を少しずつ積み重ねていくことです。
青い服が怖いのであれば、
いきなり近づけるのではなく、遠くに見えても何も起こらなかった。
少し離れた場所で、おやつを食べられた。
家族が優しく声をかけてくれた。
怖いことをされずに、その場をやり過ごせた。
そんな小さな経験が、少しずつ新しい記憶になっていきます。
過去を消すことはできません。
子犬の頃に何があったのか、すべてを知ることもできないかもしれません。
それでも、今からできることはあります。
怖かった記憶の上に、安心できる経験を重ねていくこと。
「もう大丈夫かもしれない」と、その子自身が少しずつ感じられる時間を増やしていくこと。
犬は、過去の経験を抱えながら生きています。
けれど同時に、新しい安心も学んでいける生きものです。
私たちができるのは、その子の行動の奥にある気持ちを想像しながら、急がず、責めず、今日の安心をひとつずつ積み重ねていくことなのだと思います。
星の方舟は、奈良県を中心にペット訪問火葬を行い、大切なご家族とのお見送りをお手伝いしています。
その子がどんな時間を生き、どんな思い出を残してくれたのか。
旅立ちの場面でも、その歩んできた時間に静かに目を向けられるようなお手伝いができればと思っています。
